孫研究室では、レーダ(Radar)、サーモグラフィ(Thermography)、RGBカメラ、光電脈波センサ(PPG)、圧電センサ(BCG)、心電計(ECG)、ToFセンサなどのリモートセンサを用いて非接触でバイタルサイン(心拍、呼吸、体温、血圧)を計測するための信号処理と画像処理および同技術を実装した医用システムの実用化研究を行っています。
 人体に触れずにバイタルサインを計測する技術の研究・開発がにわかに活発になっています。例えば、マイクロ波レーダを用いることにより、体表面上に生ずる呼吸と心拍に伴う微細な動きを捉えます。また、赤外線サーモグラフィを利用して、体表面から放出される赤外線を測定し、体温を非接触で計測することができます。非接触バイタルサイン計測の利点は、患者への負担が極力少なく、しかも無拘束・無意識などが挙げられます。
 当研究室では、このような非接触バイタルサインを計測する技術を活用し、「社会安全システム(感染症)」、「在宅ヘルスケア」、「高齢者見守り」、「睡眠モニタリング」、「心拍変動計測から自律神経機能活性度評価」、「動物健康モニタリング」分野に焦点を当て、医用機器を研究・開発します。このようなシステムを実用化するために、システム設計、ものづくり、生体情報処理、臨床評価まで行っています。

非接触バイタルサイン計測技術


進行中の研究プロジェクト





[P-1]  非接触バイタルサイン計測技術の研究開発と新生児集中治療室(NICU)での応用



子供の科学 2023年2月号

小児は心身ともに発育・発達の途上にあるため、自身の情動をコントロールすることが困難である。そのため、接触型機器での測定を受ける際に不安や緊張、恐怖心から啼泣や体動を認めることがあり、呼吸や循環系に対する影響が危惧される。本研究では、小児により安心・安全な医療を提供するための非接触バイタルサイン測定システムを開発し、NICUでの応用を目的とする。同システムの要素技術として、小児に特化した生体信号処理アルゴリズムの開発により計測精度・安定性を保証し、さらに喘息発作重症度適正評価のための自動Modified Pulmonary Index Score (mPI)スコアリングをシステムに実装する。同技術を確立することで、小児医療分野のみではなく多様な臨床現場に対応可能な医療機器の開発に貢献が期待できる。
Keisuke Edanami, Masaki Kurosawa, Hoang Thi Yen, Takeru Kanazawa, Yoshifusa Abe, Tetsuo Kirimoto, Yu Yao, Takemi Matsui, Guanghao Sun
Remote Sensing of Vital Signs by Medical Radar Time-series Signal Using Cardiac Peak Extraction and Adaptive Peak Detection Algorithm: Performance Validation on Healthy Adults and Application to Neonatal Monitoring at an NICU Computer Methods and Programs in Biomedicine, 2022



[P-2] ToFセンサを用いた非接触呼吸機能評価




呼吸の異常は病気の初期兆候です。しかし、臨床現場において呼吸測定の機会は少なくなっています。この理由は、バイタルサインである体温や心拍等と比べて、呼吸の計測が容易ではないためです。
  本研究グループでは、簡易かつ迅速な呼吸計測のためにToFカメラを用いた呼吸機能の非接触計測システムを研究・開発します。ToFカメラは小型のデバイスで、撮像対象までの距離を算出できます。また、換気量と胸郭変動には相関関係があります。つまり、呼吸に応じて胸郭が微小な上下運動をするため、上述したToFカメラで胸部変位を観測することで、時間変化における呼吸運動を非接触でモニタリングすることができます。本システムではToFカメラから得た呼吸運動の時系列データを解析して、呼吸数を算出します。この呼吸数や呼吸波形の形状などを指標として、病気の診断を行います。
Takamoto H, Nishine H, Sato S, Sun G, Watanabe S, Seokjin K, Asai M, Mineshita M, Matsui T Development and Clinical Application of a Novel Non-contact Early Airflow Limitation Screening System Using an Infrared Time-of-Flight Depth Image Sensor
Frontiers in Physiology, section Respiratory Physiology, 11:552942, 2020




[P-3] 赤外線・RGB顔画像から非接触心拍と呼吸計測と感染症検出への応用 (研究紹介ポスター)




感染症の大流行に備えるためには、空港検疫において、高感度な感染症スクリーニングシステムの開発が必要とされています。現在、空港検疫では健康状態の自己申告とサーモグラフィによる体温検査が中心となっています。しかし、体温検査を基としたスクリーニングは、外気温や服薬や飲酒などの影響を受けやすいという問題点が指摘されています。そこで、感染症有症者の心拍数と呼吸 数を新たな計測項目として加えた高感度な感染症スクリーニングシステムが提案されています。
 本研究グループでは、CCDカメラとサーモグラフィを併用することで非接触に心拍・呼吸・体表面温度を計測し、高感度な感染症スクリーニングシステムを開発しています。高精度なシステムの実現のために、信号処理や画像処理の手法を適用することで計測精度向上に取り組んでいます。また、被測定者が健康か有症者かどうか判断するために機械学習を利用した研究も進めています。首都大学東京・松井岳巳研究室と共同で研究開発を行っています。
G. Sun, Y. Nakayama, S. Dagdanpurev, S. Abe, H. Nishimura, T. Kirimoto, T. Matsui Remote sensing of multiple vital signs using a CMOS camera-equipped infrared thermography system and its clinical application in rapidly screening patients with suspected infectious diseases.
International Journal of Infectious Diseases, 55, 113-117, 2017.




[P-4] マイクロ波ドップラーレーダを用いた健康モニタリングシステム (研究紹介ポスター)


ドップラーレーダから人体に影響のない電波を人の胸部に対して照射することで、呼吸や心拍による微細な体の動きを観測することができます。レーダで計測した呼吸や心拍による体の動きから、呼吸数と心拍数といったバイタルサインを算出します。体に計測機器を装着することなく、被使用者の負担がわずかであるため健康モニタリングシステム等への応用が期待されています。その例の1つは高齢者や入院患者のための見守りシステムです。ベッドの下にレーダを設置することで、被使用者は寝ているだけでバイタルサインを取得することができます。このため長期間での計測が可能となり、バイタルサインの時系列データを利用することで、使用者の健康状態の管理が容易となることが期待され、医療や介護の現場の負担を減らすことを目指します。もう1つは睡眠評価システムです。ベッドの下に設置したレーダで睡眠中の体の動きを計測することで、バイタルサインの取得だけでなく、無呼吸症候群の判断や睡眠の質の評価が可能となり、従来のウェアラブル端末やスマートフォンを用いる方法よりも詳細で正確なデータを掲示できることが期待されます。超高齢化社会を迎えた現在、我々はこのようなシステムの実用化に向けた研究を行っています。
G. Sun, M. Okada, R. Nakamura, T. Matsuo, T. Kirimoto, Y. Hakozaki, T. Matsui
Twenty-Four-Hour Continuous and Remote Monitoring of Respiratory Rate Using a Medical Radar System for the Early Detection of Pneumonia in Symptomatic Elderly Bedridden Hospitalized Patients.
Clinical Case Reports, 7(1), 83-86, 2019.




[P-5] 非接触心拍変動計測による精神疾患患者のスクリーニング法の開発 (研究紹介ポスター)


大うつ病をはじめとする精神疾患の診断における課題として、簡便に得られる客観的な生理指標がないことが挙げられます。これにより患者側は周囲の理解を十分に得られない場合や、自分の状態を適切に認識することができない場合があります。
 この問題に対し、客観的に自律神経活性度を評価する指標として、心電計や脈波センサ等で非侵襲かつ簡便に計測できる心拍変動があります。心拍の時間間隔は緊張時に優位となる交感神経と安静時に優位となる副交感神経の二重支配を受けており、感情や体の状態変化に反応して常に変動する性質を有しています。心拍変動に含まれる周波数成分から自律神経の活性度を計ることで、ストレスの評価を行うことができます。
  本研究グループでは、心拍変動を用いたうつ病スクリーニングシステムの実用化研究を行っています。軽い精神負荷課題や呼吸統制を含んだ短時間の心拍計測試験を行い、得られた心拍変動の評価指標から機械学習によってうつ病の傾向を検出します。自宅や職場、病院などの場所で、どなたでも扱える簡便な検査システムの実用化を目指し、病院と共同で評価を進めています。
G. Sun, T. Shinba, T. Kirimoto, and T. Matsui
An Objective Screening Method for Major Depressive Disorder Using Logistic Regression Analysis of Heart Rate Variability Data Obtained in a Mental Task Paradigm.
Frontiers in Psychiatry, 7(180), 2016.





[P-6] モバイルプラットフォームにおけるヘルスケアシステムの開発


近年、ヘルスケアに対する要求として、さまざまな疾患の兆候及び進行をいち早く捕えるための常時計測、即時計測があります。しかし、現状では病院・クリニックといった臨床現場においてのみ行われる計測が未だ多く、個人で手軽に計測できるシステムは十分に普及していない状況があります。
 こうした問題に対してモバイルプラットフォームが注目されています。スマートフォン・タブレットといった端末は専用の医療機器に比べ断然に手に入りやすく、また信号処理を十分に行える処理能力を持っています。同時に、あらかじめ端末に実装されたセンサ群はバイタルサインの計測にも利用でき、かつその通信機能によって遠隔医療への応用もできます。さらには、必要に応じて外部センサを連携させ、より専門的な信号も統合可能です。
 本研究グループはこうしたモバイルプラットフォームの持つポテンシャルを最大限利用し、モバイルアプリケーションと簡便な外部センサのみで完結するヘルスケアシステムの開発を研究しています。例えば、モバイル端末のLiDARスキャナで取得した呼吸信号を用いた呼吸機能試験アプリがあります。研究では、計測のしやすさと臨床診断での使用にも耐えうる精度の両立を目指しています。
Masaru Mitsuya, Masaki Kurosawa, Tetsuo Kirimoto, Takemi Matsui, Guanghao Sun
An mHealth App for the Non-contact Measurement of Pulmonary Function Using the Smartphone’s Built-in Depth Sensor.
The 44th Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine & Biology Society (EMBC), 2022





[P-7] 実験小動物用非接触バイタルセンシング技術の研究


マウス・ラットなどの実験小動物は、生命科学の研究分野に広く利用されており、人類の健康福祉に計り知れない貢献をもたらしている。動物愛護法に基づく3R(Replacement(代替)、 Reduction(削減)、 Refinement(洗練:苦痛軽減)) の理念の下での動物実験が求められ、動物の健康管理のために呼吸・心拍数(周波数のこと)といったバイタルサインの計測が重要となっている。現在、センサ・デバイスは体内への埋込型と電極を利用した接触型が主流であるが、動物生体への侵襲性又は接触性による苦痛・ストレスに加え、計測結果にも悪影響を与えることが懸念されている。そこで、本研究は、3R理念の推進に貢献すべく、非接触型バイタルサイン計測技術の開発により、通常環境での実験小動物の生体計測を目的としている。最大の課題は実験小動物の呼吸と心拍由来のmm以下のオーダーの微小な体表面の変位を非接触で捉えることであり、本研究では非接触型センサであるレーダでこれを実現しようとしている。

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